次に光を見つけた
「振り抜きが甘い!」
「くっ!」
跳ね飛ばされた剣が宙を舞い、鈍い音をたてて地に落ちる。
思わず離してしまった手は鈍く痺れており、すぐには使い物にならないだろう。
誰の目から見ても勝敗は明らかで、それは己からしても同様だ。
諦めとともに参ったと告げ構えを解くと首元に当てられていた切っ先が降ろされた。
「まだまだ体を作り上げていかねばな」
ポルデウケスに剣の稽古をつけてもらうようになって三年が経つ。
技巧面での腕前は申し分無いと言われた。
ラクニア軍掌握まで果たした己の剣を思えばある意味それは当然である。
それよりもまずは急に短くなった手足や軽くなった体重にあわせて剣を振るうための練習が必要で、彼との稽古もその目的のほうが強かった。
そう、筋肉が足りない。体重が足りない。――総じて剣が軽い。
まさか慣れ親しんだはずの剣を持って重いと感じることがあるとは思ってもみなかった。
こればかりは時間をかけるしかないと誰に言われるまでも無く分かっている。
けれどこの先に叶えると決めた大願を思えば、多少ぼやきたくなるのも仕方がないだろう。
道のりは遠く険しい。
「仰るとおりです」
まるで私の心を読んだような間で言葉が返ってきた。
焦りはしないと決めたものの、やはり落ち込む時もある。
そんな私を支えるようにポルデウケスは側にいてくれる。
差し出された乾いた布で汗を拭うと、稽古場に小さな足音が飛び込んできた。
「あにうえ、あにうえ!ききましたか!?わたしもあにうえになるのです!」
王族専用の稽古場に入れるものは限られている。
音の軽さから駆けてくるのが幼い義弟であることは推測できていたが、それでも私が使っている時にここに来るのは珍しかった。
「レオン?」
「レオンティウス殿下。緊急時以外、宮中は走ってはいけませぬと申し上げたでしょう。お行儀が悪いですよ」
「かすとる!ごめんなさい!」
後から来ていたカストルに諌められレオンは素直に謝った。
レオンの付き人である彼は時折こうやってわざと義弟に『悪いこと』をさせる。
守るべき礼節や、時に破らざるをえない規則などを自分で決められるように今から鍛えてくれているのだろう。
笑って許されるものと許されないもの。結局のところそれらは経験してみないと分からないのだ。
けれど王族である我らに向かってそれをしてくれるような者はとても希少で、だから彼の存在はとても有り難かった。
「カストル、どうした?」
「精が出ますねスコルピオス殿下。おそらくご自分で仰りたいでしょうから、レオンティウス殿下に聞いて差し上げて下さい」
手のひらで促されて視線を下に落とす。義弟は普段から大人しいほうではないが、今日はいつもに増して落ち着きがない。期待に満ちた瞳に見上げられ、カストルの言う通りにしてみた。
「何があったんだレオン」
「ははうえにあかちゃんができたんです!」
打てば響くとはこの事だろう。
一拍も置かず返された答えは驚くべき内容だった。
「本当か!」
「はい!」
思わず声を荒げてしまった自分に怯えもせず、大役を果たしたとばかりに胸を張るレオンにカストルが後を続けた。
「本日診察した医師が間違いないだろうと。イサドラ様がご懐妊されたそうです」
「ほう!めでたいな!」
ポルデウケスが思わずというように漏らす。
そうか、ついにこの日が来たのか。
「双子か?」
己の問いかけにカストルが不思議そうな表情を浮かべる。無理も無い、普通は男か女かを聞くところだろう。けれど優秀な彼は疑問を口にすることなく答えた。
「まだわかりませんが、双子ならとても素晴らしいですね」
「…ああ。」
「スコルピオス殿下?」
「ポルデウケス。今日の稽古はここまでにしてくれ。調べることがある。ついてきてくれないか?」
私から稽古を中断するのは今まで一度も無く、だからこそポルデウケスは何も言わずに従ってくれた。
「かしこまりました」
「あにうえ?」
疑いの無い信頼を寄せてくれる義弟。
「レオン。お前も兄になるんだ。弟と妹を守れるよう強くなれ。そしたら二人ごとお前も私が守ってやる」
頭を撫でながら言い聞かせる。巻き込みたくはないが、万が一の時はこの子の力を借りることもあるだろう。
レオンの顔が私の言葉を理解するにつれて輝きだす。
「はい!」
首を大きく上下に振り、何回も頷く。
「はい!」
「いい返事だ」
愛しさを込めて最後にもう一度頭を撫で、ポルデウケスと稽古場を後にする。
「かすとる!つよくなるよ!」
「はい。それにしてもスコルピオス殿下の中ではお子様は双子で決定していらっしゃるんですねぇ」
クスクスと笑う声が風に運ばれてきた。
この日常を守る。
これから生まれてくる弟妹も守る。
「かすとる!いくよ!」
「畏まりましたレオンティウス殿下。でも走ってはいけませんよ」
「はい!」
全てはとっくに始まっているのだから。