そして君が生まれ
太陽が徐々に形を削られてゆき、ついに空が闇色に染まった。
夜が街を包み、不安に満ちた静寂が世界を支配する。
そして火のついたような泣き声が暗い城内に響き渡った。
万に一つの間違いも起きないよう城の中で唯一明かりを灯された奥の間から、女官が飛び出してきた。
第三王子、第一王女誕生
瞬く間に報せが城内に広がっていく。
立ち会った女官の一人を捉まえると、イサドラ様は疲労で意識を失っているものの命に別状はないらしい。
ああ――よかった。腹の底から安堵が満ちた。
出産が親と子の命の交換になることなど珍しくもない。
彼女がここで死なないことは知っているとはいえ、それでも不安は尽きなかった。
女官によると少し休めば回復するだろうとのことだったが徒に心労を掛ける必要はない。
出来ることなら彼女に神託が伝わる前に全て終わらせたいと思う。
王家の子が誕生と同時に神託を授かるという風習。
妾腹の私には行われなかったが、レオンが生まれたときのことはよく覚えている。
今日と同じように数日前から神官が与えられた間に常に控えていて誕生とともに神殿へ発っていった。
――『世界を総べる王となる』
そう詠まれたレオンは、自分に与えられた神託を理解した時、酷く困惑して私のところに泣きにきたものだ。
なぜ兄上でないのか。なぜ私なのか。
そう言って泣きじゃくるレオンを大きくなれば分かると説き伏せたときのことを思い出す。
神託はレオンを苦しめたが、同時に権謀溢れるこの城の中で確かにあの子を守るものにもなっている。
あれは必要なものだった。
だが今回は事情が違う。
あの神託は恐れてはいけないものだったのだろう。
神託は揺るがない。けれどその本当の意味を知るのは神のみ。
ならば重要なのは人がどのように受け止め、行動するかだ。
どんな神託が下ろうとも私はあの子たちを守る。
破滅など紡がせはしない。
運命を外れて存在する私だ。過去を忘れはしない。けれど、だからこそ辿りはしない。
もしあれが運命だというのなら全力で抗ってみせる。
城の前では神殿へ向かう神官と兵士たちが、丁度出立の準備を整えたところだった。
一団の長に命じられた男が私を見つけ、不愉快な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「今日こそ記念すべき栄光の始まりの日となるでしょう。お力になれること、光栄の極みでございます」
「何を…?」
「いえ、貴方様は何もご存じない。そうでなければいけないのです。出過ぎた真似を致しました」
癇に障る笑い声とともに男が去っていく。
声を抑えて囁やかれた言葉は看過しがたいものだ。
怒りに身が震える。これ程までに侮られるか。
だが。
「ポルデウケス」
拳を握りしめながら息を吐き心を鎮める。
逆にここまであからさまに裏で動いていると示されるなら話は早いというものだ。
「はっ」
「気付かれぬよう追え。…いや、私も行く。ついて来い」
「御意」
距離を保ちながらようやく着いた神殿では正に先程の男が託宣の間から戻ってきたところだった。
険しい表情のまま口を開かない男に対し、控えていた若い神官が尋ねる。
「大神官様、御子様方の御神託は―」
「神託は齎された。いや、だがしかし、こんな…!」
「何があったのですか?」
「言えぬ。いや、だが…言わねば、ならぬ…」
「大神官様!」
沈痛な面持ちで男は続けた。
「……『蝕まれし日 生まれ堕つるもの 破滅を紡ぐ』と。」
「なんと!」
「急ぎ陛下にお伝えをせねばならぬ。早急に城へ戻るぞ」
「はい!」
足早に去る一団を陰から見送り考える。
繰り広げられたのはある意味で予定通りの光景。だからこそ奇妙だ。
あの悪意は自分にこそ向けられていなかったが、あのような笑いを浮かべた男が何もしない筈がない。
ならば、彼らは―どこで―何を―した。
それを見つけることが出来れば恐らくあの子たちを守るための大きな手札になるだろうというのに。
何かがおかしいのに見つけられない。
もどかしく思いながらも必死に記憶を探っていると驚いたような女の声に思考の海から引き戻された。
「まぁ、スコルピオス殿下。いらしてたのですか」
託宣の間から出てきたばかりの女は穏やかに微笑んでいる。
凄まじい違和感を覚えながらも、せめて二人の排斥を訴える者たちに対抗する論の糸口だけでも掴めればと思い尋ねた。
「神託について聞きたいことがある」
王が心を決める前に。最初に伝えられた言葉が強く印象に残るのは避けられない。
だからこそ、それを覆すだけの強い何かを。
「お耳に入りましたか。素晴らしい祝福でございましたね」
人伝えに聞いていれば皮肉としか思えなかっただろう。
だが目の前で嬉しそうに手を合わせる女の顔を見れば、その言葉が本心から出ているものだというのが嫌でも分かった。
「どういうことだ」
「どう、と仰いますと」
女が不思議そうに首を少し傾げる。
おかしい。
何かが噛み合っていない。
「巫女。私の前で神託の内容を言ってみろ」
「はい」
女の口から歌うように言葉が流れだす。
「『太陽と月の祝福 恵みをもたらす 神の愛し子』。おめでとうございますスコルピオス殿下」