正直に言えば、最初は同情だった。
だって妾腹とはいえ第一王子として生まれ、必死に周囲の期待に応えようとしてきたのに、正腹の子が生まれた途端に用無し扱い。
むしろ優秀であるほど存在を疎まれるようになるなんて勝手な話だ。
義弟に『第一王子』の肩書きを譲った後も、変わらず――いやそれまで以上に実力で認められるためにと頑張り続けていた彼の努力を知って尊敬を抱き、周りからの理不尽な扱いを知って怒りが生まれ、今では愛情ってやつになった。
運命の中でどこが違えば、この不器用な人は別の形の幸せを受け入れられたのだろう。
例えばアマゾネスの女王と結ばれるため王位継承権を放棄した弟王子に代わり、殿下がこの国を治める未来があったかもしれない。
例えば王宮へののしがらみを全部捨てて、レスボス島にでも隠居して、たまに遊びに来る妹巫女とお茶でもするような未来があったかもしれない。
分からないし、分かったところで今更どうしようもない。
今の俺にできる事と言えば、この運命に最後まで付き合って、人生くれてやるくらいだ。
「オリオン、何をしている」
「別に何も」
「ほう、暇か。いい身分だな。ならば新しい仕事をくれてやろう。来い」
「げっ、あ、いや、下見に、いやいや、あの辺を見回りにでも行こうかなって」
ぼーっとしてたなんて言ったら間違いなく怒られる。
苦し紛れに外を指差すと、殿下は少しだけ眉を顰めた。
指の先にあるのは今日の俺の舞台。
病に臥せっていた王様が久しぶりに民衆の前に姿を現し、快癒を宣言する。
その時、俺は陛下を射る。
忌み子として捨てられた他国の王子なんて出自があれば、動機は誰かが適当に考えてくれるだろう。
俺はお尋ね者になり、殿下はレオンティウス殿下が成人するまでの間、亡くなった陛下の後を継いで傾きかけた国を再興する。
ちょっと乱暴だがこれで世代交代の完了だ。
「貴様にそんなもの不要だろう。時間まできっちりここで働いていけ」
「ここで?」
「あぁ」
「了解」
珍しい。
分かりにくいようで分かりやすい『側にいろ』に自然と顔が緩む。
俺は少しはこの人の心の慰めになれたのかね。
渡された書類を受け取り、本当に限界まで一緒にいて部屋を出た。
廊下を早足で進む。いつのまにか馴染んでいたこの風景も見納めだ。
餞別のように貰った幸せな時間を噛み締めながら、その場所に着く。
「いい眺めだなぁ」
城とその周りが一望できる、見晴らしの良い高い塔の上の一角。
俺が確実に的を射抜けるギリギリの距離。
もっと近くの方がいいんじゃないかと聞いたら、遠い方が逃げやすいだろと怒られた。
「それにお前ならこれくらいの距離で外すこともない」と断言されたら反論なんてできなかった。風もなく天気は上々。
これで外したらアナトリアの武術大会の覇者の名が泣く。
そういや捕まった時に落とされた俺の名誉って回復してもらったんだろうか。まあ、今から歴史上でも有数の汚名を被ると思えば些細なことだけど。それにアレが明らかになると殿下の方に汚点ができるからなぁ。放って置くしかないか。
矢を番え、弦を引き絞る。
あの時のように邪魔者が入ることもなく、放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいき、違えることなく陛下の胸に刺さった。
良かった、苦しめずに済んだようだ。
一瞬の静寂の後、あちらこちらから叫び声が上がり始めた。
何人もの人間が陛下に駆け寄る。
矢が飛んできた方向からここが割り出されるのも時間の問題だろう。
石の壁に寄りかかり、城の兵士たちが来るまでぼんやりと待つ。
少しして廊下を走る足音が聞こえてきた。
予想外だったのはそれが一人分だけだったこと。
「オリオン!?なぜまだここにいる!」
「ダメじゃない殿下。最初に駆けつけちゃ」
共謀を疑われる可能性は絶対に許されない。
殿下にも分かっているはずなのに。
「万が一を考えた結果だ。グズグズするな、早く行け!」
「ダメ。もう遅いよ」
「オリオン!」
近づいてくる複数の足音に殿下が舌打ちをする。
ガラが悪いなぁと苦笑しながら、廊下にまで聞こえるよう声を張り上げて最後の芝居をうつ。
「なぜ裏切ったか?さて?その心は女神のみぞ知るってね」
「オリオン!!」
焦りと怒りの滲んだ声。殿下のこんな顔、初めて見た。
こんな人間らしい表情もできるんじゃないか。
「殿下。どうせ死ぬならアンタの手で。ね?お願いだよ」
「この、愚か者が――!」
殿下の短剣が胸に突き立てられる。
そっか、あんたも泣きたいのを我慢すると怒った顔になるのか。
エレフと一緒だな。
視界いっぱいに広がる紅玉のような赤色。それを目に焼き付けながらそっと瞼を閉じた
もう二度と開く事はないと思いながら。