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目が覚めたときには全て終わっていた。
城壁の外にボロボロになって転がっていた俺を拾ったという紫の髪と紫の眼を持つ男に聞いた話。
廃嫡を恨み王位簒奪を目論んだ嫡出の王子が革命に失敗して処刑される。
枚挙に暇が無いとは言えないまでも、歴史の中ではよくある話。
それなりに普通の出来事。
おかしいじゃないか。
『国家の繁栄を導いた元英雄。それが今となってはただの愚王。それを射殺した他国の凶手。それを捕らえ裁いた新しい英雄』
それが俺たちの計画だろう。
あんたが第一王子なんて華々しくて堅苦しい身分に返り咲くための方法。
散々話し合って決めた道筋だというのに、なんであんたが死んで俺が生きてるんだ。
殿下とともに王様に呼び出され、金に目が眩んで祖国を裏切った奸臣の存在を知った。
権力に溺れたと噂された王は、実際には緩やかに薬で溺れさせられていた。
混濁する意識が正常になる合間、息を吸うだけで苦しさに顔を歪めるようになった王様から賜った一つの命令。
『公の場で私を殺せ』
情に流されやすいレオンティウス様では成し得ない計画。
王様を生かしたまま助けるには症状が進みすぎた。
すべてを明らかにするには民に与える混乱が大きすぎる。
弑逆の汚名を負ってでも、今やるしかなかった。
皮肉なことだ。
レスボス島から攫って来たミーシャと会話を重ねるたびに殿下は少しずつ考えが変わっていった。
あの前日、もう少しでレオンティウス様の即位を祝福できそうだと穏かに微笑んでいたのに。
せっかく憎しみ諦めきれそうだったのに、また心を閉ざしてしまった。
殿下の命を奪ったのはレオンティウス様だという。
それが事実なのか英雄を創り上げるための作り話なのかはわからない。
あの人はあの人で殿下に並ならぬ執着をもっていたから、たぶん殿下の最期を他人任せにはしないだろう。
ぽたりと落ちた雫が布に染みをつくった。

「具合はどうだ」

これ以上ない間の悪さで部屋の扉が開いた。
一切足音をたてない歩き方。手には軽い食事と飲み物を持っている。
絶望に沈んでいた思考が現実に引き戻され、体が動くことを思い出した。
ゆっくりと腕を上げて指で目を擦る。
ここまでしっかり見られてしまったら隠す気にもならない。

「だいぶ良い」
「そのようだな。見つけたときのブサイクな顔からかなりマシになった」
「……ひでぇ。人のこと言えたツラかよ」

不器用な気遣いに、口の端が自然と上がる。
あんな昔の会話をよく覚えてるな。
まあ、それは俺も同じだな。
『紫眼の狼』とお偉いさんたちに恐れられてる奴隷開放軍の首領がまさか旧友だったとは思いもしなかった。
本当に奇妙な縁だ。
これが運命なら女神には山ほど言いたいことがある。

「――アメティストス将軍に頼みがある」
「言ってみろ」
「俺を、お前の軍に加えてくれ」
「……お前ほどの弓の名手なら構わないが、もし昔のことや今回の件で負い目を感じているなら見当違いも甚だしい。行く宛てが無いならどこか紹介してやる」

少しだけ眉を顰めながら告げられた内容は馬鹿みたいに優しいものだった。
人生を捧げるならこいつか殿下の二択だった。
そして俺は殿下を選んだ。
だけど殿下はもういない。
首を横に振って答える。

「違うよ。俺にも理由が出来た。それだけだ」

仇討ちなんて殿下は喜ばないだろう。
もしこれが原因で死んだりしたら、俺が冥府に行った途端に真っ先に飛んできて怒るに違いない。
ああ、それいいな。
冥府に行けば殿下に会える。
たぶん待っててくれてる。
自惚れるなって怒って欲しいな。
自分勝手な妄想だけどそのくらい許されるだろう。
あの人が拾った命を俺が自分で断つわけにはいかない。
だから残った分はそれまではこいつに使ってやろう。
いつも殿下の理想ばかり見ていたから、少しくらい自分の理想を追いかけるも悪くない。
エレフが一瞬悲しそうな顔をした後、それを消して余所行き用の将軍の表情を貼り付ける。
わがまま言ってごめんな。

「わかった。歓迎しようオリオン」

言葉通り受け入れるように伸ばされた手を、迷うことなく握り返した。