「ねぇミーシャ、どうして最近は寝てるときに遊ばないの?」
「そういえばエレフには言ってなかったわね。」
「え、なに!?」
「おともだちができたの。すてきなお兄様よ。エレフとは大違い」
あっというまに涙目になるエレフ。
大好きな豆のスープを私の分まで一緒にこぼしてしまった時より悲しそうだ。
もう、しょうがないなぁ。
「そんな顔しないでよ。エレフにはエレフのいいところがあるんだから」
「ほんと?」
「ほんとう」
怯えるように問いかけるエレフに私は笑った。
「うん。ありがとう、ミーシャ!」
だって相変わらず情けないこの兄はやっぱり私が笑えば笑うのだ。
という話をお兄様とした。
夢を渡るのはうまくいく時といかない時があって、いつもいつもお兄様のところに行けるわけではない。
エレフのところにいくのは絶対に失敗しないのにどうしてだろう。
ただ間違い無く言えるのは出来ないことがあると悔しいということだ。
だから私はこのところ毎晩お兄様の夢に行くために頑張っていた。
「ほんとエレフってば泣き虫。」
「大事な妹をとられたみたいで寂しいんだよ」
お兄様は優しいからそう言うけどそれは違うと思うの。
「ああいうのは拗ねてるっていうのよ」
「厳しいね」
まわりはいつもの森と湖。
お兄様とお話しているとあっというまに時間が過ぎるからそれ以上は何も必要ない。
聞いたらお話してるだけで楽しいよってお兄様も言ってくれたから私たちは時間の限りおしゃべりして過ごしていた。
「エレフは頼りないんだから私がちゃんとしてあげないとダメなんだもん」
「仲が良くて羨ましいよ。私もエレフにあってみたいな」
私もエレフをお兄様に会わせたいと思っていたからお兄様の言葉は嬉しくてしょうがなかった。
思わず座ってるお兄様のほうに体を乗り出してしまい、慌てて少し下がる。
「絶対よろこぶわ!あのね、エレフは少し怖がりだけどとてもいい子なの!」
「ミーシャはエレフのことが大好きだね」
お兄様が頭を撫でてくれたので私は得意になって答えた。
「もちろんよ」
「いつか二人に会いにいってもいいかい?」
はやくエレフに教えてあげなきゃ!
危うく目を覚ましそうになったけどぐっと我慢してなんとか残るができた。
だってまだお兄様にお返事してない。
「もちろんよ!」
私もお兄様も満面の笑みを浮かべていた。
※※※
森の中の湖。
おとうさんもおかあさんも知らない秘密の場所に初めて先客がいた。
「ミーシャ!知らない人がいる!」
「湖は誰のものでもないんだもの。誰がいても不思議じゃないわ。」
エレフは木の陰に隠れようとしたけど、黙って見ててもしょうがないじゃない。
私は湖のほとりで寝転がってるその人に近づき声をかけた。
「こんにちは素敵な金の髪のお兄様」
「ミーシャ、ダメだよ知らない人に!」
エレフが私の袖を引っ張る。
伸びたらエレフがおかあさんに怒られてよね。
気にせず私は続ける。
「突然でごめんなさい。でも別に迷ったわけじゃないの、私達と一緒に遊びませんか?」
その人はゆっくり立ち上がってそれから片膝をついた。
私の右手をとって王子様みたいに軽く唇をあてる。
「こんにちはかわいいお姫様。すばらしい出会にミラに感謝を捧げよう。さて何をして遊ぼうか?」
「木登り!」
笑いを堪えきれなくなったのは同時だった。
「「…はははっ!」」
「レオンお兄様紹介するわ。この子が私のおにいちゃんのエレフ。エレフ、この人が夢の中でできたお友達のレオンお兄様よ」
にこにこしているお兄様とびくびくしているエレフの手を取り、二人の手のひらを合わせる。
幸せな気持ちがそこからわいてくるようだ。
「よろしくね」
最初は怯えていたエレフも話しているうちに少しずつ兄様と打ち解けていった。
三人で過ごす時間は夢のようにあっという間で、夢と違うのは時間が立つとお腹が減るということだ。
エレフのお腹が鳴ってようやく私達はお日様の位置がだいぶ高くなっていることに気付いた。
エレフのばか。我慢するくらいならお昼にしようってはやく言えばいいのに。
こっそりお家を抜け出してきたというお兄様はもちろんお弁当など持っていなかったので、おかあさんが持たせてくれたパンを三人で分けて食べた。
だけどやっぱり物足りない気がしたので食べられる木の実を探す事にし、だったら競争しようってエレフが言い出したのが勝負の始まりだ。
お兄様はこの森が初めてだから不公平にならないよう私といっしょに探すことになり、絶対負けないからね!と走りだしたエレフを見送って私はお兄様に尋ねた。
夢では気付かなかったこと。
エレフが聞いたらまた落ち込んじゃうからお兄様と二人のときにしか聞けないこと。
「ねぇ、レオンお兄様。お兄様は本当は私達の本当のおにいさんなんでしょ?」
「違うよ。私に弟妹はいない。」
お兄様はいつもと同じ笑顔で否定した。
でも一瞬のためらいに気付かない私じゃない。
「残念。お兄様がおにいさんだったらよかったのに」
「嬉しい事を言ってくれるね」
だからもう一度だけ聞くのを赦してね。
「本当に違うの?」
「違うよ」
「そう」
そっか。
お兄様が違うと言うなら違うのね。
違ってなきゃいけないんだわ。
お兄様の声はとても優しくて、だからこれ以上聞いてはいけないことだと分かった。
大好きなお兄様を悲しませちゃダメだから。
「ねぇお兄様、お母様を大切にして差し上げてね」
「もちろんだよ」
こみあげてきた何かが目から溢れないように奥歯を噛みしめる。
悲しくて怖くて悔しい。
私には『出来ないこと』がたくさんあるのだ。
「だからミーシャ、そんな顔をしないで笑って?」
結局それからすぐお兄様は帰ってしまった。
もっと遊ぼうってエレフがわがままを言ったけど抜け出した事がばれたら怒られてしまうのはお兄様だ。
しばらくこどもみたいに駄々をこねていたエレフも私がエレフもお兄様の夢に一緒にいけるように頑張るからと約束し、お兄様がまたくるからと約束してようやく泣き止んだ。
ふたりでお兄様の背中を見送る。
お兄様に降った手をおろし、そのままエレフに繋ぎながら心に決めたことが一つある。
「エレフ、帰ろう?」
「うん!」
どんなことがあっても私はいつも笑っていよう。
私は私が出来る事を。
そうすれば大好きなこの兄もずっと笑ってくれるだろうから。