(別れる話)


終端の王の騎士

「キリが無いな」

黒肌の騎士が腕を振り、剣に残っていた魔物の血を飛ばす。
赤眼の騎士が布で顔を拭いながら暗い声で応えた。

「ああ」

重い雰囲気を打ち消すような明るさで金髪の騎士が会話に入った。

「だが我々はまだ良い方だろう?」
「確かに。ディア様がいなければ民も今以上に混乱していただろうな」
「他国も酷い有様らしいしね」

彼らの仕える主君はまだ青年とも呼べる若さではあったが、既に名君として世に知られていた。
飢饉には城の蓄えを開き、魔物にはこのように騎士を派遣する。
何時からかおかしくなり始めた世界、その予兆を誰よりも先に感じ取っていたのが彼らの王だった。






「おかえり。みんな無事で何よりだ」

騎士達が魔物の討伐完了報告のため城に戻り、謁見の間に上がると、妙に晴れやかな顔をした王が彼らを迎えた。

「我らにはディア様の加護がありますから」
「そうか」

王が照れたようにはにかみ、眼前の騎士達を見遣る。
そのまま一人の騎士に視線を定めた。

「お前、今日から王やれ。」
「は?何を仰ってるんですか?」

騎士が主の言葉に従うのに理由は必要ない。
王の騎士たることを許された者の中に、命令の理由を聞くような浅い覚悟の者はいない。
主が望む、それだけで騎士には充分だ。

けれどあまりに突拍子の無い王の命令に、思わず金髪の騎士は問い返していた。

「分かってたんだけどな。悩んだけど決めた。この世界にはもう居られない」

このところずっと王が浮かない表情をしていた事に気付いてはいたけれども、なにぶん情勢が情勢である。
心優しい王だから民を想い心を痛めているのだろうと誰もが考えていた。

「王?」

だが、今の言葉はまるで響きが異なっており、王が苦しんでいた悩みとはそんな次元の話ではないことが言われずとも知れた。

「魔物が現れるのも空が荒れるのも全部私のせいなんだ」
「そんな訳ないでしょう」
「あるんだよ。ま、神に愛されすぎた弊害ってやつ?」

苦笑いで隠すように王は淡々と語る。
最果てへ導くモノ。
世界を終わらせるという天命。
望むも望むまいも関わらず、だからこそ望みも拒みもせずそれはもたらされ続けたという。

「世界のエネルギーすべてが私に吸い寄せられる。全てのバランスは崩れ、最後には草一本残らない”終わった世界”の出来上がりだ」

夢のような話がどうしても嘘だと思えなかった。
だからこそ騎士達は王を止めるため、嘘にしようとした。

「ディア様。体調が優れないようですね」
「今日はもうお休みに―」

赤眼の騎士が手を伸ばした瞬間、城中の空気が塗り変わる。


「頭が高い!我を何と心得る、滅びを導く終端の王なるぞ!」


烈迫にのまれ指一本動かすことすら出来ない。
圧倒的な力は騎士達に感動すら与えていた。

「なんてな」

王のひと笑いで支配が消えうせる。

「でも、そういうことだから。」

一瞬で消耗しきった騎士達は動くことも声を出すことも叶わなかった。
王が背中を向けるのをただ見つめることしか出来ず―



「みんな、ありがとう。ばいばい。」




別れを告げた王がどんな表情をしていたのか見た者も一人としていなかった。